過去の歴史を学ぶ必要性、重要性に気づかせてくれる本でした『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ

こんにちは、小松由和(@komaty)です。

 

今回読んだのはこちらの本。上巻、下巻の2冊。

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福』著:ユヴァル・ノア・ハラリ

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福』著:ユヴァル・ノア・ハラリ

 

読む前は、難しそう、最後まで読めるかな・・と少し不安に思いながら読み始めましたが(笑)、

そんなことはなく、日本語訳が非常にわかりやすく、内容もおもしろく、予想以上に良い内容の本でした。

著名人の推薦コメントや、Amazonの口コミレビューの評価など前評判が高いのも納得です。

 

本の内容としては、人類誕生から現代までの歴史を紹介しています。

サピエンス全史の「サピエンス」は、「ホモ・サピエンス」の「サピエンス」。現代の人間は全員、ホモ(ヒト)属のサピエンス(賢い)という生き物「ホモ・サピエンス」です。

 

つまり、人類の歴史を記した本。

「なぜ人類が現代において繁栄できているのか?」

「なぜ人類以外の生物は人類と同じように繁栄することができなかったか?」

といった疑問をはじめ、実に人類の様々な疑問への回答が詰まっています。

 

本文中に、歴史を研究する意味をこう説明されています。

歴史を研究するのは、未来を知るためではなく、視野を広げ、現在の私たちの状況は自然なものでも必然的なものでもなく、したがって私たちの前には、想像しているよりもずっと多くの可能性があることを理解するためなのだ。

私たちが、過去の歴史を学ぶ必要性、重要性に気づかせてくれます。

一見、石器時代の話や、狩猟採集民や農業革命など遠い昔の話を知っても、私たちの日々の生活には何の影響もないし、勉強にもならないと思いがちですが、

その認識はとんでもないです。

過去の歴史を知ることが、現代においても非常に学びになることは、本書を読むと強く実感します。

 

ぜひ本書を読んで、過去の歴史からの学びを実感してみてください。

 

では、少し本の内容で気になったところをピックアップして紹介していきます。

『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』の紹介

狩猟採集民に学ぶ単一に依存する危険性

古代の狩猟採集民は、現代の私たち、農業革命以降の人類よりも、純粋に「生きる」ために必要な知識や技能は優れていました。

現代の私たちは、スマートフォンとインターネットを使って食事をするお店を探すことは難なくできますが、野菜を育てること、海で魚介類を獲ること、山で山菜やキノコを採集できる人はそう多くはありません。

そう考えると、現代は多数の技術、テクノロジーの便利さの上で、簡単に「生きる」ことができますが、何かのきっかけで便利さがなくなってしまった状況では「生きる」ことができる人は少ないことに気づきます。大災害しかり。

便利さを享受する一方で、万が一の時には、自分の力でサバイブするスキルを身につけることが、今後、世の中に様々な変化が起きたとしても変化に対応しやすくなるのではないかと思いました。

平均的な狩猟採集民は、現代に生きる子孫の大半よりも、直近の環境について、幅広く、深く、多様な知識を持っていたわけだ。今日、産業社会に暮らす人のほとんどは、自然界についてあまり知らなくても生き延びることができる。個人のレベルでは、古代の狩猟採集民は、知識と技能の点で歴史上最も優れていた。

現代では、農業革命以降、人類の健康は向上したように思う人が多いと思いますが、実は、狩猟採集民の方が健康的だったということは知られていないのではないかと思います。

狩猟採集民を飢えや栄養不良から守ってくれていたのは、食物の多様性にあった。

農民は非常に限られた、バランスの悪い食事をする傾向にある。小麦、ジャガイモ、あるいは稲といった単一の作物に由来し、それらは人間が必要とするビタミン、ミネラルなどの栄養素の一部を欠いている。

これとは対照的に、古代の狩猟採集民は、平素から何十種類もの食べ物を口にしていた。果物やキノコ、昆虫、動物など。

そのうえ彼らは、単一の種類の食べ物に頼っていなかったので、特定の食物が手に入らなくてもあまり困らなかった。農耕社会は、旱魃や火災、地震などでその年の作物が台無しになれば、飢饉で散々な目にあった。狩猟採集民も自然災害とは無縁とはおよそ言い難かったが、農耕社会よりかは楽に対処できた。

古代の狩猟採集民は、感染症の被害も少なかった。天然痘や麻疹、結核など、農耕社会や工業社会を苦しめてきた感染症のほとんどは家畜に由来している。犬しか飼い慣らしていなかった古代の狩猟採集民は、そうした疫病を免れた。また、農耕社会や工業社会の人の大多数は、人口が密集した不潔な永続的定住地で暮らしていた。病気にとって理想の温床だ。一方、狩猟採集民は小さな集団で動き回っていたので、感染症は蔓延のしようがなかった。

狩猟採集民は、多様な食物を食べていたので健康的であり、遊牧の移動生活が基本だったので、感染症や疫病を避けることができていた、という面は非常におもしろい。

狩猟採集民と農耕民の違いを比べてみると、以下の通り。

 

狩猟採集民は、

・様々な方法で、多種類の食物を食べていた

・移動しながら生活をしていた

・小さな集団で動き回っていた

 

農耕民は、

・単一の種類の食物を食べていた

・永続的に定住していた

・国家や都市など大きな集団で動かない

 

農耕社会の誕生により、たくさんの食物の栽培が可能になり、定住することで人口増加につながり、大きな集団で行動することによって、小さな集団ではできないことが実現できるようになり、現代まで爆発的に発展を遂げることができました。

 

しかし、世界的に人口増加のピークを迎え、先進国の各国で人口減少、高齢化社会を迎えている現状を考えると、今までのやり方がこれからもうまくいくとは思えません。

国家や組織に依存せず、単一の収入源に依存せず、小さな集団で移動するように生活する。

そんな狩猟採集民のようなフレキシブルに変化に対応できるライフスタイルがこれからの未来の変化に対応できる人なのかもしれません。

 

農業革命は史上最大の詐欺だった?

人類は250万年にわたって、植物を採集し、動物を狩って食料としてきた。そして、これらの動植物は、人間の介在なしに暮らし、繁殖していた。

だが、1万年ほど前にすべてが一変した。それは、いくつかの動植物種の生命を操作することに、サピエンスがほぼすべての時間と労力を傾け始めたときだった。人間は日の出から日の入りまで、種を蒔き、作物に水をやり、雑草を抜き、青々とした草地にヒツジを連れて行った。こうして働けば、より多くの果物や穀物、肉が手に入るだろうと考えてのことだ。

これは、人間の暮らし方における革命、すなわち農業革命だった。

人類の暮らし方を変えた大きな革命、現代の爆発的な発展を支えた農業革命。

それが史上最大の詐欺だったと。

農業革命は、安楽に暮らせる新しい時代の到来を告げるにはほど遠く、農耕民は狩猟採集民よりも一般に困難で、満足度の低い生活を余儀なくされた。狩猟採集民は、もっと刺激的で多様な時間を送り、飢えや病気の危険が小さかった。

人類は農業革命によって、手に入る食糧の総量はたしかに増やすことができたが、食糧の増加は、より良い食生活や、より長い余暇には結びつかなかった。むしろ、人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。

農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ。

では、それは誰の責任だったのか?

犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物種だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ。

1万年前、小麦はただの野生の草にすぎず、中東の狭い範囲に生える、多くの植物の1つだった。ところが、ほんの数千年のうちに世界中で生育するまでになった。

世界全体では、小麦は225万平方キロメートルの地表を覆っており、これは、日本の面積の約6倍に相当する。

爆発的な人口増加は狩猟採集から農耕の生活へとシフトした影響。

農耕民として、永続的な村落に移り、食糧の供給量が増えると、人口が増加し始めた。放浪の生活様式を放棄したおかげで、女性は毎年子供を産めるようになった。赤ん坊は幼くして離乳させられた。お粥で育てることができたからだ。

ほとんどの農耕社会では、少なくとも3人に1人の子供が20歳になる前に命を落としたが、それでも、子供の死亡率の増加を出生率の増加が上回り、人類はさらに多くの子供を産み育て続けた。

なぜ人類は農耕から手を引かなかったのか?

もくろみが裏目に出たとき、人類はなぜ農耕から手を引かなかったのか?1つには、小さな変化が積み重なって社会を変えるまでには何世代もかかり、社会が変わったころには、かつて違う暮らしをしていたことを思い出せる人が誰もいなかったからだ。

そして、人口が増加したために、もう引き返せなかったという事情もある。農耕の導入で村落の人口が100人から110人に増えたなら、他の人々が古き良き時代に戻れるようにと、進んで飢え死にする人が10人も出るはずがなかった。後戻りは不可能で、罠の入り口は、バタンと閉じてしまったのだ。

農業革命を企てた人もいなければ、穀物の栽培に人類が依存することを求めた人もいなかった。

自分の身近な数人の腹を満たして、狩猟採集よりも少しばかりの安心を得ることを目的とした些細な一連の決定が累積効果を発揮し、古代の狩猟採集民は焼けつくような日差しの下で桶に水を入れて運んで農耕の日々を過ごす羽目になった。

 

よかれと思ってやっていたことが結果として裏目に出て、些細な行動や決定が積み重なって、間違いに気づいたときには、もう後戻りが難しい状況になっている。

現代の生活においても、実に様々な場面で当てはまることです。

 

現代では戦争や紛争よりも身近な犯罪、自殺の方が死者が多いという事実

2000年には、戦争で31万人が亡くなり、暴力犯罪によって52万人が命を落とした。とはいえ、2000年に死亡した5600万人のわずか1.48%を占めるにすぎない。その年に自動車事故で126万人が亡くなり、81万人が自殺している。

暴力の減少は主に、国家の台頭のおかげだ。いつの時代も、暴力の大部分は家族やコミュニティ間の限られた範囲で起こる不和の結果だった。今日でさえ、先ほどの数字が示すように、身近な犯罪の方が国際的な紛争よりもはるかに多くの命を奪っている。

毎日のように、世界各国のテロや中東の紛争がニュースになっています。最近では、北朝鮮の動向が話題になっています。

国際的な戦争、紛争よりも、身近な犯罪や、自殺、交通事故の方が多くの死者が出ていることを認識していない人も多いのではないでしょうか。

「飛行機は墜落する可能性があって怖いから乗らない」という人が、日々の生活で普通に自動車やバスに乗っていることが多々あります。

 

目に見えるものの影響が大きい、心理的な印象、など、事実とは異なった見方をしてしまう危険性は、世の中で起きるすべての事象に当てはまります。

 

これらの事実から、

「表面的な情報や印象、常識に惑わされずに本質を見抜くこと」

の重要性に気づかせてくれます。

 

「自らの無知を認める」ことで人は進歩する

サピエンスが空前の力を獲得し始めるきっかけが、自らの無知を認めることだったというのだなら面白い。それまでは、知るべきことはすべて神や賢者によって知られていると言う考え方が主流で、ほとんどの文化は進歩というものを信じていなかった。一方、科学は自らの無知を前提に、貪欲に知識を求めていった。

人類が飛躍的に発展したきっかけとなったのが、

「自らの無知を認める」

ということだった。

 

科学者は、世界にはまだ解明できていない問題、謎だらけであるからこそ、研究に没頭します。

 

科学者ではない私たちも、人類全員に当てはまると思いますが、今以上に「進歩」「成長」「発展」するためには、「自らの無知を認め」、学び、行動し続けていく必要があることを教えてくれる内容です。

仕事でも、人間関係でも、遊びでも、なんにでも当てはまりますが、「もう学ぶことはない」と思った時点で進歩や成長は止まります。

常に、「自らの無知を認める」ことが、これからの未来には不可欠なこと。

 

おわりに

いかがでしたでしょうか。

 

今回ご紹介した本の内容は、ほんのごく一部です。

 

上巻、下巻の2冊に人類の歴史がまとめられています。

人類が火を使い始めた時代から、農業革命、産業革命、現代まで。

 

どんな仕事をしていても、どんな生活をしていても、現代の人類がなぜ繁栄しているのか?これまでの経緯や歴史を知ることは、日々の生活やこれからの未来の生活において、ヒントになることは多いと思います。

 

今回ご紹介した本、とてもおすすめなのでぜひ一読ください。

 

 

以上、「過去の歴史を学ぶ必要性、重要性に気づかせてくれる本でした『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』ユヴァル・ノア・ハラリ」でした!

それではまた!

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