「独立して事業を始めたいけれど、個人事業主と法人のどちらを選べばいいのか分からない」
「税金面でどちらが有利なのか具体的に知りたい」
「将来的な事業展開を考えたときの判断基準が欲しい」
こんな悩みを抱えていませんか?
事業を始める際の最初の重要な選択である「個人事業主か法人設立か」は、今後の事業運営に大きな影響を与えます。
この記事では、税理士として15年以上の実務経験を持つ私が、両者の違いを分かりやすく解説します。
実際の年収別シミュレーションや具体的な判断基準を通じて、あなたにとって最適な選択ができるようになります。
個人事業主と法人設立の基本的な違いとは?なぜこの選択が重要なのか
起業を考える多くの方が最初に直面するのが、個人事業主として開業するか、法人を設立するかという選択です。この決断は、単なる形式的な違いではなく、税金、社会保険、信用力、資金調達など、事業運営のあらゆる面に影響を与えます。
そもそも個人事業主と法人の違いとは?
個人事業主は、個人が事業を営む形態で、開業届を税務署に提出するだけで事業を開始できます。一方、法人は株式会社や合同会社などの法人格を持つ組織として事業を行う形態で、登記手続きが必要です。
私が税理士として多くの起業家の相談を受ける中で、この選択を誤ったために後悔するケースを数多く見てきました。例えば、ある飲食店経営者は、最初は個人事業主として開業しましたが、年収が1000万円を超えた段階で法人化を検討し始めました。しかし、すでに大きな設備投資を行っており、法人化のタイミングを逃してしまい、結果的に多額の税金を支払うことになりました。
なぜ最初の選択が事業の将来を左右するのか
事業形態の選択は、以下の5つの重要な要素に直接影響します:
- 税金負担:所得税と法人税の税率体系が異なるため、所得水準によって有利不利が変わります
- 社会保険料:個人事業主は国民健康保険・国民年金、法人は社会保険(健康保険・厚生年金)に加入
- 信用力:取引先や金融機関からの信用度に差が生じる場合があります
- 事業の継続性:法人は代表者が変わっても事業が継続しますが、個人事業は事業主の死亡で終了
- 手続きの複雑さ:設立・運営・廃業時の手続きの煩雑さが大きく異なります
特に注目すべきは、一度選択した事業形態を変更する際には、相応のコストと手間がかかるという点です。個人事業から法人への移行(法人成り)では、資産の移転に伴う税金や登記費用が発生します。逆に、法人から個人事業への変更は、清算手続きが必要となり、さらに複雑です。
個人事業主と法人のメリット・デメリットを徹底比較
それでは、個人事業主と法人それぞれのメリット・デメリットを、実務経験に基づいて詳しく解説していきます。
個人事業主のメリット
1. 開業手続きが簡単で費用がかからない
個人事業主の最大のメリットは、その手軽さです。開業届を税務署に提出するだけで事業を開始でき、費用は一切かかりません。私のクライアントの中には、思い立ったその日に開業届を提出し、翌日から事業を開始した方もいます。
2. 事業所得が少ない場合は税負担が軽い
年間の事業所得が330万円以下の場合、所得税率は10%以下となり、法人税率(約23%)よりも有利です。さらに、青色申告特別控除(最大65万円)を活用することで、実質的な税負担をさらに軽減できます。
3. 会計処理がシンプル
個人事業主の確定申告は、法人の決算に比べて格段にシンプルです。会計ソフトを使えば、税理士に依頼しなくても自分で申告できるケースが多く、年間の会計コストを大幅に削減できます。
4. 社会保険の加入義務が限定的
従業員が5人未満の場合、社会保険の加入義務がありません。これにより、人件費を抑えることができ、小規模事業には大きなメリットとなります。
個人事業主のデメリット
1. 無限責任を負う
事業で生じた債務は、個人の財産で弁済する必要があります。つまり、事業が失敗した場合、自宅や預金など個人資産も失うリスクがあります。
2. 所得が増えると税負担が重くなる
所得税は累進課税のため、所得が増えるほど税率が上がります。課税所得が900万円を超えると税率は33%、1,800万円を超えると40%となり、法人税率を大きく上回ります。
3. 社会的信用が相対的に低い
大手企業との取引や銀行融資の際、法人に比べて不利になるケースがあります。実際に、私のクライアントで、大手企業から「法人でないと取引できない」と言われ、急遽法人化した例もあります。
法人のメリット
1. 有限責任で個人資産を守れる
株式会社や合同会社では、出資額を限度とする有限責任となります。事業に失敗しても、個人資産は原則として保護されます。
2. 税率が一定で高所得時に有利
法人税率は所得金額にかかわらず一定(中小法人の場合、年800万円以下は約15%、それ以上は約23%)です。さらに、役員報酬を経費にできるため、所得分散による節税効果も期待できます。
3. 信用力が高く資金調達しやすい
法人格があることで、取引先や金融機関からの信用度が向上します。日本政策金融公庫の創業融資でも、法人の方が融資を受けやすい傾向があります。
4. 事業承継がスムーズ
法人は組織として永続するため、代表者の交代による事業承継が容易です。株式の譲渡により、スムーズに経営権を移転できます。
法人のデメリット
1. 設立・維持コストが高い
株式会社の設立には最低でも20万円程度(登録免許税15万円、定款認証5万円等)、合同会社でも6万円以上かかります。また、赤字でも法人住民税(最低7万円)の納付義務があります。
2. 事務負担が重い
決算書類の作成、法人税申告、社会保険手続きなど、個人事業主に比べて格段に事務作業が増えます。多くの場合、税理士への依頼が必要となり、年間30〜50万円程度の顧問料が発生します。
3. 社会保険の加入義務
法人は規模に関わらず社会保険への加入が義務付けられています。保険料の会社負担分(給与の約15%)が人件費に上乗せされるため、コスト増となります。
年収別シミュレーション:どちらが税金面で有利?
ここでは、具体的な数値を使って、年収別に個人事業主と法人のどちらが税金面で有利かをシミュレーションしてみましょう。
年収400万円の場合
個人事業主(青色申告)の場合:
- 事業所得:400万円
- 青色申告特別控除:65万円
- 基礎控除:48万円
- 課税所得:287万円
- 所得税・住民税:約42万円
- 国民健康保険・国民年金:約70万円
- 合計負担:約112万円
法人(一人社長)の場合:
- 役員報酬:400万円(法人の利益は0円)
- 所得税・住民税:約30万円
- 社会保険料(個人負担分):約58万円
- 社会保険料(法人負担分):約58万円
- 法人住民税:7万円
- 合計負担:約153万円
この場合、個人事業主の方が年間約41万円有利です。
年収800万円の場合
個人事業主の場合:
- 事業所得:800万円
- 各種控除後の課税所得:約670万円
- 所得税・住民税:約150万円
- 国民健康保険・国民年金:約100万円
- 合計負担:約250万円
法人の場合:
- 役員報酬:600万円、法人利益:200万円
- 個人の所得税・住民税:約65万円
- 社会保険料(個人負担分):約87万円
- 社会保険料(法人負担分):約87万円
- 法人税等:約30万円
- 合計負担:約269万円
この段階では、両者の差はわずかですが、まだ個人事業主の方が若干有利です。
年収1,500万円の場合
個人事業主の場合:
- 事業所得:1,500万円
- 各種控除後の課税所得:約1,370万円
- 所得税・住民税:約430万円
- 国民健康保険・国民年金:約100万円(上限)
- 合計負担:約530万円
法人の場合:
- 役員報酬:900万円、法人利益:600万円
- 個人の所得税・住民税:約140万円
- 社会保険料(個人・法人負担分):約260万円
- 法人税等:約90万円
- 合計負担:約490万円
年収1,500万円では、法人の方が年間約40万円有利になります。
個人事業主を選ぶべき人、法人設立すべき人の判断基準
税金面だけでなく、事業の性質や将来計画を総合的に考慮して判断することが重要です。以下に、それぞれに適した人の特徴をまとめました。
個人事業主が適している人
1. 年間売上が1,000万円未満の見込みの人
売上が少ない段階では、法人の維持コストが負担になります。まずは個人事業主として開業し、事業が軌道に乗ってから法人化を検討するのが賢明です。
2. 副業や小規模なビジネスを始める人
本業がある方や、リスクを抑えて小さく始めたい方には、個人事業主が最適です。マネーフォワード クラウド開業届なら、無料で簡単に開業手続きができ、副業でも安心して始められます。
3. 事業の先行きが不透明な人
新しいビジネスモデルで市場の反応が読めない場合、まずは個人事業主として試験的に始めることをお勧めします。法人の清算は手続きが複雑で費用もかかるため、撤退のハードルが高くなります。
4. 自由度の高い働き方を重視する人
フリーランスのデザイナーやライターなど、個人の技能を活かす仕事では、個人事業主の方が柔軟に働けます。
法人設立が適している人
1. 年間利益が800万円を超える見込みの人
先ほどのシミュレーションで見たように、利益が800万円を超えると法人の税制メリットが顕著になってきます。
2. 複数人で事業を始める人
共同経営者がいる場合は、出資比率や責任範囲を明確にできる法人形態が適しています。個人事業での共同経営は、後々トラブルの原因になりがちです。
3. 大手企業との取引を予定している人
BtoBビジネスで大手企業が主要顧客になる場合、法人格が取引条件になることが多いです。システム開発会社やコンサルティング会社などが該当します。
4. 外部からの資金調達を計画している人
ベンチャーキャピタルからの投資や、銀行からの大型融資を受ける予定がある場合は、最初から法人として始めるべきです。
5. 事業承継を視野に入れている人
将来的に事業を子供や従業員に引き継ぐ計画がある場合、法人の方がスムーズに承継できます。
個人事業主から法人成りするタイミングの見極め方
多くの起業家は、まず個人事業主として開業し、事業が成長したタイミングで法人化を検討します。では、どのタイミングで法人成りすべきでしょうか?
法人成りを検討すべき5つのサイン
1. 年間利益が継続的に800万円を超えている
2年連続で利益が800万円を超えた場合、法人化による節税メリットが明確になります。一時的な利益増ではなく、継続性があることが重要です。
2. 消費税の課税事業者になる
売上が1,000万円を超えると、2年後から消費税の納税義務が発生します。法人成りすることで、最大2年間消費税の納税を免れることができます(資本金1,000万円未満の場合)。
3. 従業員を5人以上雇用する予定がある
個人事業主でも従業員5人以上で社会保険加入義務が生じます。それなら、信用力の高い法人として人材採用した方が有利です。
4. 大口取引の話が来ている
年商が大幅に増加する見込みがある場合、早めに法人化を検討しましょう。取引開始後の法人成りは、契約変更などの手続きが煩雑になります。
5. 事業用資産が増えてきた
設備投資が増え、事業用資産が多くなってきた場合、有限責任の法人形態でリスクを限定することが賢明です。
法人成りの最適なタイミングとは
私の経験上、最も多いのは「年間利益が600〜800万円で安定し、今後も成長が見込める段階」での法人成りです。このタイミングなら、法人化のコストを上回るメリットを享受できます。
ただし、法人成りには準備期間が必要です。決算期の設定、資産の移転方法、役員報酬の決定など、事前に検討すべき事項が多数あります。実際の手続きには2〜3ヶ月かかることを見込んでおきましょう。
まとめ:あなたに最適な選択をするために
個人事業主と法人設立、どちらを選ぶべきかは、事業規模、将来計画、リスク許容度など、様々な要因を総合的に判断する必要があります。
重要なポイントをまとめると:
- 年間利益が800万円未満なら個人事業主が有利
- 信用力や資金調達を重視するなら法人が有利
- まずは個人事業主で始めて、成長に応じて法人成りするのが一般的
- 事業の性質や取引先によっては、最初から法人が必要な場合もある
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また、開業後の確定申告や経理業務についても、マネーフォワード クラウドなら、個人事業主から法人まで、事業の成長に合わせて最適なサポートを受けられます。
最後に、この選択に正解はありません。あなたの事業内容、目標、価値観に合った形態を選ぶことが、事業成功への第一歩となるでしょう。不安な場合は、税理士や中小企業診断士などの専門家に相談することも検討してください。
あなたの起業が成功することを心から願っています。